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ポテチの水彩絵の世界にようこそ! 気分でコメントや画像とか、恐いのや面白い毒ある話とか、 現実の花の色と違ったりとか、妙な感じです。
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http://blog.cnobi.jp/v1/blog/user/7170818ba3679a9c8a30a9deff30364e/1282818908

ナイジェリア南東部のアクワ・イボム州にて、
子どもや女性が魔女と名指しされ、
虐待されたり追放されたりするケースが相次いでいるという。
牧師らは、疫病や貧困がはびこるのは「魔女」のせいだと主張し、
「魔女」とされた人物は浄化しなければならないとの教えを広める。
特に地方では、子どもが最大の犠牲者になっているとのこと。
魔女信仰が児童虐待に結びつくようになったのは10年ほど前からだという。
地元の非営利組織(NGO)関係者は、
「宗教指導者が金目当てに保護者の無知に付け込んでいる」と指摘する。
魔女から解放するための儀式と称して
300〜2000ドル相当を要求する牧師もいるという。

ある夜明け前、村人たちがある家族の子ども3兄弟を取り囲み、
その母親が涙を流しながらも自分の子どもたちを追放することに。
この子ども3兄弟は、黒魔術を使って幼い兄弟2人を殺した、そうされていた。
追放の後で川に投げ込まれたり、最悪生きたまま焼かれたり、
それは惨たらしい殺され方をされるという。

児童保護NGOの活動の方が介入するも、
地元自治体から金目当てだと批判され、お話にもならないとのこと。
この現代でこういうことが今だ起こっていることへの驚きと同時に、
一時期、インターネットで話題になっていた「牛の首」の話を思い出した。



明治初期、廃藩置県に伴って、全国の検地と人口調査が行われた。
これは地価に基づく定額金納制度と、
徴兵による常備軍を確立するためであった。
東北地方において、とある廃墟となった村を調査した役人は、
大木の根本に埋められた大量の人骨と牛の頭らしき動物の骨を発見した。
調査台帳には特記事項としてその数を記し、検地を終えると、
そこから一番近い南村へと調査を移した。
その南村での調査も終え、村はずれにある宿に泊まった役人は、
この村に来る前に出くわした不可解な骨のことを
夕食の席で、宿の主人に尋ねた。
宿の主人は、関係あるかどうかは分からないが......と
前置きをして次の話を語った。

天保3年より数年にわたり大飢饉が襲った。
俗に言われる天保の大飢饉である。
当時の農書によると、
「倒れた馬にかぶりついて生肉を食い、
行き倒れとなった死体を野犬や鳥が食いちぎる。
親子兄弟においては、情けもなく、食物を奪い合い、畜生道にも劣る」
といった悲惨な状況であった。

天保4年の晩秋、夜も更けた頃、
この南村に異形の者が迷い込んできた。
ふらふらとさまよい歩くその躰は人であるが、
頭部はまさしく牛のそれであった。
数人の村人がつかまえようとしたその時、
松明を手にした隣村のものが十数人現れ、鬼気迫る形相にて、
「牛追いの祭りじゃ、他言は無用」
と口々に叫びながら、その異形の者を捕らえ、闇に消えていった。
翌日には、村中でその話がひそひそと広がったが、
誰も隣村まで確認しにいく者はいなかった。
また、その日食うものもない飢饉の有様では、
実際にそれどころではなかた。

翌年には、秋田藩より徳政令が出され、年貢の軽減が行われた。
その折に隣村まで行った者の話によると、
すでにその村に人や家畜の気配はなかったとのことだった。
それ以後、「牛の村」とその村は呼ばれたが、近づく者もおらず、
今は久しく、その名を呼ぶ者もいないという。

重苦しい雰囲気の中で宿の主人は話し終え、
そそくさと後片づけのために席を立った。
役人はその場での解釈は避け、役所に戻り、
調査台帳をまとめ終えた頃、
懇意にしていた職場の先輩に意見を求めた。
先輩は天保年間の村民台帳を調べながら考えを述べた。

「大飢饉の時には、餓死した者を家族が食した例は聞いたことがある。
 しかし、その大木のあった村では、遺骸だけではなく、
 弱った者から食らったと思われる。
 きっと生き人を食らう罪悪感を少しでも減らすため、
 「牛追いの祭り」と称し、
 牛の頭皮をかぶせた者を狩ったのではないだろうか。
 君の見た人骨の数を考えると、ほぼその村全員に相当する。
 そして、牛骨も当時の家畜の数も一致。
 ....飢饉の悲惨さは筆舌に尽くしがたい。
 村民はもちろん親兄弟も、凄まじき修羅と化し、
 その様はもはや、人の営みとは呼べぬものであったことだろう。
 南村に咎を求めることもできないだろう。
 人が食い合う悲惨さは繰り返されてはならないが、
 この事が話されるのもはばかりあることであると思われる。
 君は、このことは誰にも語らず、
 その村の記録は破棄し、廃村として届けなさい」

この言葉を深く胸に受け止めた役人は、
それ以後、誰にもこの話は語らず、心の奥底にしまい込んだ。



日露戦争が激化する頃、病の床についたこの男は、戦乱の世を憂い、
枕元に孫たちを呼び寄せ、切々とこの話を語ったという。
この孫の中の1人が、私である。
当時は気づかなかったが、祖父が亡くなった後に分かったことがあった。
何の関係もないと思われた南村の者が、
隣村の民全員を「牛追いの祭り」と称して狩り、
食らったのが真実である。
そうでなければ全員の骨を誰が埋められるものか....

それゆえ、牛の首の話は、繰り返されてはならない事だが、
話されてもならない話であり、呪いの言葉が付く様になった。
誰の口にも上らず、内容も分からぬはずであるが、
多くの人々が「牛の首」の話を知っている。
物事の本質をついた話は、それ自体に魂が宿り、
広く人の間に広まっていくものである。
そして現代、ナイジェリアの「魔女狩り」の話。
子供なのに何故に魔女? ってな突っ込みは置いといて、
これも今では有り得ない、大昔の伝説として、
はやくなってもらいたいものである。


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無題
いつも楽しく観ております。
また遊びにきます。
ありがとうございます。
履歴書の添え状 URL 2010/09/01(Wed)13:46:15 編集


プロフィール
HN:
ポテチ/ラダ
年齢:
50
性別:
男性
誕生日:
1974/04/11
職業:
会社員
趣味:
単館系映画鑑賞、音楽や絵画鑑賞、そして絵を描くことと...
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